ちゅぱお と ちゅぱみ - へっぽこ父さんの育児日記 -

愛すべき息子と娘のわんぱく日記。 でも、稀に趣味日記も書きますよ^^

2週間 (1)  


9月1日 (月)

夜、母さんから連絡が入った。
先月の30日 (土) に、父さんの透析に必要なシャントが閉塞したという。

シャントとは、動脈から静脈へと直接血液を流すためのバイパス。
透析で多量の血液を取り出し綺麗な血液を身体に戻すため、これを必要とする。

父さんは約10年、糖尿病を患ってきた。
そして慢性の腎不全になり、週3回の透析が必要な身体となった。

だが、糖尿病は血液が固まりやすく、シャントが閉塞しやすいのだという。

今の父さんの容態で、新たなシャントを作るのは身体に負担が大きく危険とのこと。
つまりこれ以上は透析ができない、ということに…

私は医学に詳しくないが、腎不全の者が透析出来ないと身体の血液を綺麗に出来ず、
尿毒症を引き起こし、体内に毒素が溜まることで死に至ってしまうという。

父さんは今、その立場にあった。

医師は母さんに告げた。父さんはもってあと1~2週間の命です、と…



9月2日 (火)

翌日、私は父さんの切迫した容態を会社の上司に話した。

今日からの2週間。これは普通の人にとっては何のことはない平凡な日々だ。
しかし父さんにとっては、この世での “人生最後” の2週間となる…

個人で異なる時間の在り方。余命として与えられた時の重さ。

これを、報告を受ける側の人間がしっかり理解出来るか出来ないかによって、
私と父さんとの “残りの時間” が変わるだろう。

「こっちの事は全然大丈夫だから、何も気にせずすぐに行ってあげなさい」
といった、無条件で情の篤さが伝わる懐の深い言葉など、そこには無かった。

上司と話し合った結果、私はあくまでも父さんの 「危篤」 の報せを待つ身となり、
すぐに実家へと飛ぶことを断念した。

危篤の報せを受けた後に飛行機に乗り、1000kmの移動を経て会いに行く…
それは、親の死に目に会うな、ということと同意である。

息子として旅立つ父親にできる限りのことをしたい、と私は話したが、
「死に目に会えなくてゴメンと、親に謝る選択肢をどうして選べない?」 と言われた。
間にあえる時間があるのに “わざと間にあわず”、それで誰の心が救われる?

それはどんな道徳観、倫理観、人生観に基づかれた崇高なる思想で、
いったい世の中の誰が認める一般的な社会常識なんだ? 聞いたことも無い。

口八丁では取り繕えない切迫した状況でこそ “人の本質” というのは見えてくる。
普段がどうであろうと、土壇場での言動こそが、その人の本音なのだ。

そして良きも悪きも、人にした行為というものは、必ず回りまわって自分に還って来る。

仕事を選び親の死に目に会わないことを、私は凄いとも偉いとも立派とも思わない。
それが立派な人物像であるのなら、私は立派な人間になどならなくていい。



9月3日 (水) / 4日 (木)

日、一日と時は過ぎていく。母さんは、兄弟は、みんなは今どうしているのか?
父さんは病院のベッドの上で、残る人生を、何を思いどう過しているのか?

すぐに会えない距離が、これほど怖いものだとは思いもよらなかった…

自分は健康なはずなのに、めまいがし、吐き気をおぼえ、呼吸が辛くなる。
所帯を持つ者として強くあるべきはずなのに、ここにきてただの子供に返ったようだ。

妻や子供たちにも、不安を越え、辛い思いを与えてしまっていただろう。
家庭内に笑顔を生まず、妙にピリピリと不機嫌な父親。まったくもって最低である。

「危篤」 といった、誰もが何もできないタイミングで連絡をもらったワケではない。
少なくともまだ “何かが出来る” 時間を与えられている状態での、今。
どうしてそれが分からない? しょせん自分以外の他人事はそんなものなのか?

これでは覚悟もクソもない。ただのバカである。

会社の事情というものもある。それとは別に個人の考え方もまた全然違うだろう。
価値観の相違などと言っていたら、いつまでも平行線のまま交わることはない。

しかし切実な思いで話した相手の気持ちを、もう少し “理解する努力” をしてほしい。
上辺だけで分かったと勘違いせず、相手の内なる “本当の思い” を察してほしい。

目先のことではなく長期的に見て、相手にとって今、何が一番大事なのか?

自分ばかりを肯定して相手のことを受け入れず、その気持ちを分かろうとしない人に、
人は絶対についてきてはくれない。



9月5日 (金)

夜、母さんから再び連絡が入る。

血圧、体温、血糖値、血中酸素濃度、どれを見ても徐々に下がっており、
不整脈が続く中、嘔吐し、かなり危ない状態である、と知らされる。

病院で付き添う長男夫婦が、この週末にもう私を呼んだ方がいい、と言ったそうだ。
兄の奥さんは別の病院の看護師。そうプロである。知ったかぶりのシロウトではない。
その目から見て危険であると言う。来た方がいいと言う。そういう状況だった。

そうでなくても先週末に余命を宣告されて1週間経つ。もう先はない。

それでも母さんは、こっちの事情を考えてからどうするか決めるように、と口を添えた。
父さんの事があなたの人生の全てというワケではないのだから、と…

私は自分の胸にあらためて問う。自分にとっての親とは、どういった存在であったか。
それは最後に 「ごめん」 ではなく、心からの感謝で 「ありがとう」 を言ってあげたい人。

私はこれまでの自分の人生で、そういう親子関係を気づいてきたのだ。

後悔とは、その物事が全て終わった後に自分のした行いを振り返り、悔いることだ。
もし今回、私がこのまま予想しうる最悪の後悔を黙って経ていたら、
それは私だけではなく、今の我が家に関わる周りの人の後悔にも繋がったことだろう。

そういった瀬戸際であることを、分る人と分らない人がいる。

だが、今はまだ終わっていない。後悔を生まない選択肢がそこにある。
見えている後悔を後悔としないために、今の私ができること。それはひとつ…

危篤という知らせではないが、私は妻と話した後、明日、実家へ飛ぶことを決断した。
先の上司に連絡し、事の経緯を真剣に伝える。そして飛ぶ許可を得る。

先日の話のうえでの今である。恐らくしっかり得心があっての許可ではないだろう。
それでも許可を出した。許可を得た。後のことはどうであれ、この結果だけでよい。

明日だ。

父さん、あなたの息子、あなたの次男は、明日会いに行くよ。



9月6日 (土)

ふたりの子供のことを考え、早朝ではなく昼の飛行機を選んで飛ぶ。
そしてモノレール、JR線、タクシーと乗り継ぎ、実家に到着したのが午後4時。
荷物を置いて、実家の車で病院へ。

そして、父さんに会う。

お盆の時に会った父さんとは、また随分と違っていた。さらに活力が見えない。
目は虚ろであまり開けず、また呼吸は荒くいっぱいいっぱいである。

「父さん、帰ってきたよ」 私は声を掛け、手を握った。

頭を左右に揺らしながらも、父さんが私を見る。
目があったような気はするが、ちゃんと見えているかどうかは分からない。

それでも私は他の時間とは異なる “父さんの時間” に間に合った。

お盆の時に私に対して 「大丈夫だ」 と言ってくれたのは、
私が帰るまでちゃんと待ってる、ということだったのかもしれない。
私はそう信じた。

ありがとう、父さん。

しかし症状はかなり進んでいる。先月の30日 (土) に透析が出来なくなった。
透析は週3回、火・木・土曜となっている。
つまり30日から、9月2日 (火)、4日 (木)、6日(土) と、計4回出来ていない。
それだけ汚れた血液を出し、綺麗な血液を身体に送っていない、ということだ。

毒素は下から上へと順に巡りながら、徐々に身体を上がってくるという。
足はもう可哀相なくらい、いっぱいいっぱいに腫れていた…

それでも私は何の根拠もない言葉を発し、父さんの頭を軽く撫でた。

「大丈夫だよ父さん、大丈夫だ…」



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