ちゅぱお と ちゅぱみ - へっぽこ父さんの育児日記 -

愛すべき息子と娘のわんぱく日記。 でも、稀に趣味日記も書きますよ^^

父さん  


8月22日~24日、実家に帰省した。
この春から病院に入院している、父の容態が思わしくないという。
今回のお盆帰省は、父のお見舞いが一番の目的だ。

地元に着いたその足で、早々に父のいる病院へ。

ベッドで寝ている父。その顔を覗き込む。
随分と活力を失っているような、そんな印象を強く感じる。
正月に会った時はもっともっと元気で、自分で杖で歩いていたのに…

母が父を起こし、久しぶりに対面。
私は笑顔満面で 「元気そうだね」 って肩を優しく叩いた。
眠そうで虚ろな目をしていた父が、静かに微笑む。

私は終始笑顔を見せた。私には、そうすることしかできない。

心配そうな顔や、神妙な面持ちなどできるはずがない。
お見舞いは、心が弱くなっている者を “励ますこと” “元気にすること” が第一。
余計な不安を駆り立てるような顔しかできないなら行くべきではない…、と思う。

「随分と痩せたね」 「あまり元気がないね」 「頑張ってね」 など、
相手のことを切に思っているのであれば、こんなセリフなど吐けるはずもない。

こんな言葉は相手に対して 「自分はこんなに心配しているんだよ」 という、
ただのポーズであり、意味の無い自己アピールでしかない。
ヘタに訳知り顔でマイナスな言葉を並べ、それで誰が幸せになるというのか?

いつもと変らず、明るく接することを忘れない。
だって相手は元気だった頃の “いつもと変らない自分” を求めているのだから。

私はただ笑顔で父の頭を撫で、肩を叩き、背中をさすり、そして声をかけた。

もう随分と耳も遠くなった父。こちらの語りかける声はあまり聞き取れない様子。
だから笑顔を絶やさない。それが少しでも活力に繋がるのなら…


父は5月に入院して、早3ヶ月になる。肺炎を患っての入院だった。
だが、それ以前に週3日透析に通い、そちらはもう3年になる。

肺炎は治ったという。しかし退院はできない。そして活力が衰える父。どうして?

病院の体制が良くない、ということを耳にした。
あまりに一方向に寝たきりにさせすぎで、背や足に褥瘡 (床ずれ) が出来ており、
杖でひとり歩き出来ていたのに、足がやせ細り弱くなったため出来なくなっている。

人員不足? 患者ひとりひとりを見れない? で、そんな言い訳を聞けと?
患者を良くするべき病院が、かえって悪くするとは、いったい何をしている!!!

もちろん私は医者ではない。あーすべきだ、こーすべきだと偉そうには言えない。
しかし 「病院の不手際で患者に不必要な傷を作るってオカシイだろ」 とは言える。

もはや看護する人間の質の問題だろう。早く病院を替えるべきだ、と家族は話す。
でも、受け入れる側の病院を見つけるということは、また容易ではない。
そして父本人の体力も心配だ。不整脈が続く今では、もう難しいのかもしれない…

私の母と兄弟は、なんとか父の容態が良くなるよう、いろいろと頑張っている。
私は遠く離れた地。看病もできず、また頻繁に顔を見に行くことすらもできない…

不意に 「自分の選択は間違っているのではないか?」 と思ってしまう。

ふと、自分を罵倒し責めたくなる気持ちがふつふつと湧き上がり、
またふと、どうしようもなく涙が溢れそうになる時がある。

誰もがストレートに間違いのない “正しい道” を歩めるわけではない。
脇道に反れることもあれば、道草を取ることもあり、大きく迂回することだってあるだろう。
そうしていろんなことに気付き、いろんなものを学んで、自分の道が出来ていく。

でも、迂回中に大事なものを失った時、その思いはどこに向かえばいいのか…

私はそれが他の人に向かないよう、大事な時の決断は自分で下すようにしている。
自分の判断で、自分の責任で。
我が家のことを一番に思い、妻と子供を一番に思い、私は常に決断していく。

頑固で力強い父の背を見て育った。一家の大黒柱として毅然と立つ姿を教えられた。
だから例え何があろうとも…、私は倒れることはない。

…そう、思いたい。


ふと、私は思い出す。

実家の裏の家 (旧実家) の1階がまだ仕事場だった頃、晩ご飯の時間になると、
実家の勝手口から裏の家へ行き、機械音に囲まれて仕事をしている父を大声で呼んだ。
学校から帰ると大概、裏の家に行き、最初に 「ただいま~」 と叫んだものだ。
いつもそこに父がいた。作業着姿で鉄板を裁断したり、穴を開けたり、溶接したり。
毎日聞いた機械音は今でも耳に残っている。でも、あの大きな機械たちはもう無い…

ふと、私は思い出す。

小学生の頃、町内の少年剣道大会に出場して準優勝を勝ち獲った。公民館での表彰式。
しかし同じ日、市の絵画コンクールで入賞していたらしく、市民会館でも表彰式があった。
剣道大会で準優勝でも、絵画コンクールの事を忘れていたことを父に怒られた。
町内の大会と市のコンクール。確かに参加人数の規模も表彰される舞台もケタ違いだ。
剣道で褒められた直後に怒られた “落差の激しい記憶” が鮮明に焼き付いている…

ふと、私は思い出す。

息子が生まれてから半年くらいの頃、実家でヒマを持て余していた父が電話をしてきて、
「今からそっちに遊びに行こうか?」 と言った。こんな何気ない電話は珍しい。
しかし1歳児未満の乳幼児をかかえている時は、不意の来客は何かと困る場合がある。
私は妻と息子を優先させて、その時の父の来訪を断った。
その後、故合って他県に引っ越した我が家。もうそんな気軽な父の来訪は望めない…


結納の時に一度だけ、両親を連れてこちらの県を訪れた。
一緒に入った温泉。親子で語り合った宿。今振り返ると、その時間はとても濃密だったんだ。
昨年、両親が来訪する話しもあったが、都合が悪くなって来れなくなった。

またそういった時間は作れないのだろうか…

後ろ向きな考えは悪い気を呼び込む、と聞く。だから前向きなことを考える努力をする。
しかし昔のことを思い出し、懐かしさに心苦しくなり、ため息ばかりが洩れる。

“すぐには会えない” その距離がより一層の悲壮感ばかりを募らせるのか。
車でいける距離であれば法定速度を無視してでも、自分が飛ばせばそれだけ早く着く。
しかし飛行機だとフライト時間が決まっている、すぐに、そして早く飛べるわけではない。

東の空を見上げる。そこには何もないが、でもその空の先は、父の空と繋がっている。

人は誰もが心の奥で、後悔しない人生を願い、その中で生きている。
自分のその一歩は、その一言は、その一念は、いつか後悔をもたらさないだろうか?
常に頭の片隅にチラつく、その思い。人はそれに微かに怯えながら、それでも生きていく。

父の人生はどうだったのだろう。母の人生は、兄弟は、妻は、未来ある子供達は…
そして、今の私はどうなのだろう…。そんな考えがぐるぐると渦を巻く。
心が悲しみに囚われすぎていないだろうか? 周りが見えなくなっていないだろうか?

今は情けない夫、情けない父親に映っていることだろう。
しっかりしなければと自分に鞭を打つ。それでも時間が掛かることを許して欲しい。


帰省の最終日、病院にお見舞いに行き、笑顔で父の肩をさすった。

前の晩、母から 「もしかするかもしれないから、覚悟だけは…、ね…」 と言われた。
笑顔で優しくさすりながら、私はそれを思い、無性に泣きたくなった。
私は本当に間違っていないのか? 私は親不孝な息子なんじゃないのか!?

父は水が飲みたい、と言う。しかし医者から点滴のみで飲食を止められているようだ。
口が渇いたら潤したいよね。喉が渇いたら水を飲みたいよね。当たり前だよね。

ここはどこだ? 砂漠か? 飲むものなんて周りに腐るほどある都会じゃないのか?
水は、オアシスは、人に生きる活力を与えるのものではないのか!?

お酒が好きだった父。糖尿病を患ってからはほとんど呑めなかったが、
家族が揃う正月とかには、小さいコップでいいからビールをくれとせがんだ。
そうしてでも親子で呑んだ日々が懐かしい…

私の兄弟は全員お酒が呑める。父の血を継いだ酒好きばかりだ。
いつか自分の子供達も呑む日がくるだろう。できれば親子三代揃ってお酒を呑みたい。

今一番辛いのは私であろうはずがない。他の誰でもない父本人に決まっている。

だけどそれを履き違えてでも、その辛さを痛感し、また悲観する自分の愚かさを恥じる。
私はこんなにも弱く、こんなにも頼りなかったのか…


ねえ、父さん。いつも顔を見に来れない悪い息子で、ごめんね。

ねえ、父さん。仕事も手伝わずに休憩時間の茶菓子を全部食べて、ごめんね。

ねえ、父さん。居間じゃなく台所の小さいテレビで野球を見せて、ごめんね。

ねえ、父さん。市民会館の壇上で表彰される姿を見せられないで、ごめんね。

ねえ、父さん。遊びに来ようと思っていたのを断ってしまって、ごめんね。

ねえ、父さん。一人前になったつもりで偉そうな小言ばかり言って、ごめんね。

ねえ、父さん。喉が渇いているのに水もあげられないで、ごめんね。


One more time もし、自分にもう一度同じような時間があるんだったら、
One more chance もし、自分にもう一度同じような機会があるんだったら。

それでも性格は変わらないのだから、同じことをして、同じ道を辿るのかもしれない。
でも、もう一度あの頃の同じ場面に出会いたい…

頑固で力強かった父。今は病院のベッドで横になっている。私は背中をさする。
私は父の身長を超えてはいるが、父ほど大きい背中を持ち合わせてはいない。

父の手を握る。すると少し力強く握り返してきた。

静かに微笑む父が私に向かってひとこと、言った。 「大丈夫だ」
私はそれに対して笑顔で応える。 「うん、もちろん。大丈夫だよ」

“なにが” “どうして” 大丈夫なのか。でも、それ以上の言葉はいらない。
男同士で 「大丈夫だ」 と会話をしたのだから大丈夫なんだ。それに間違いはない。

ねえ、父さん。また会いに行くからね。


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