ちゅぱお と ちゅぱみ - へっぽこ父さんの育児日記 -

愛すべき息子と娘のわんぱく日記。 でも、稀に趣味日記も書きますよ^^

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親の責務  


先日ちゅぱおが、非常に悲しげでなおかつ不服そうな顔をして、習い事から帰ってきた。
ちょうど夕飯前にお風呂に入ろうとしていた時だったので、一緒に入る。
で、我が息子の顔をひと目見て分かっていたことだけど、あえて本人に聞いてみた。

「どしたちゅぱお? 習い事で嫌なことでもあったか?」
「…さっき帰りのバスの中で、6年生の子にいじめられた…」

詳しく聞いてみると、スポーツ少年団での習い事の合間や、帰りのバスの中で、
その6年生の男の子や、他の学校の4年生、5年生の気性の荒い子たちに、
ちょいちょい いたずらやいじわる をされることがあるのだそうだ。
前にも軽く聞いたことがあるので、大小に関わらずその頻度は少なくはないのだろう。

でもこれまでは、ちょっと小突いた小突かれた、悪口を言われた、程度だったので、
ちゅぱおと、どうしてそうなったのか、何が原因なのか、自分にも悪いところがあるのか、
ということを丁寧に紐解いて考え、そうしたことをうまく直していこうね、と話し合ってきた。

が、今回は少々様子が違う。

一方的に頭を叩いて知らんぷり、物を盗んで人のせいにしたり、挙げ句には酷い暴言も…
今、スポーツ少年団の場で 逆さ言葉 (反対言葉) なるものが流行っていて、
(例えば 「頭いいね~」 と褒めるのは、本当の意味では 「頭悪いね~」 とバカにしてる)
それを “免罪符” として 「こっちに来て~」  「まだ帰らないで~」  「ちゃんと生きて~」
と、失礼な暴言を “悪ふざけ” と称して、平気でのたまいバカにするのだそうだ。

未だ言葉の善し悪しが分からぬ小学生がやらかしている 言葉遊びの一環 なのだろうが、
たとえ子供の遊びであったとしても 人に言っていいことと悪いことがある。
もし我が子がお友達に対してそんな発言をしているのならば、おとさんは我が子を張り倒す。
子供であろうが “失礼の度が過ぎる” のであれば、子供扱いで許すわけにはいかない。

しかも少年団の中では一番のお兄さんである 6年生 が、そうしたことを行っているのだ。
子供だ子供だと言っても12歳。最上級生であれば小学生レベルでの分別はちゃんとできる。
それが率先していじわるするのだから、他の子も場のノリで加担することだってあるだろう…

今ここで、ブレーキをかけさせる必要がある と、おとさんは判断した。

おとさんはちゅぱおから詳しく内容を聞き、相手の子の名前やこれまでの悪事も聞き、
スポーツ少年団事務所に電話をして、所長さんに事の顛末を話した。
もちろん 我が子ちゅぱおが聞いている目の前 で、父親として、味方として、堂々と話した。

「うちの子が全て正しいとも、相手の子たちばかりが悪いとも思いませんが、
 少なくともいじめに合い、嫌な言葉を吐かれ、落胆して帰ってきた息子と話して、
 父親として、そのままにするわけにはいきません。

 そちらの少年団は、学校とは別にいろんな経験をさせて子供の心身を鍛え、
 また礼儀や道徳も学ばせることで、リーダーシップをとれる子に育てていく学び舎。
 なのに上級生である6年生の子がこうした問題を起こすのは、腑に落ちません。

 これは子供のケンカではなく、上級生から下級生へのいじめです。
 先生間で現状を認識し合っていただき、相手の子らに事実確認をしてください。
 そして、その子たちとのお話しの後に、公正な判断・対応をお願いします」


所長さんは、ちゅぱおも不真面目なとこや物忘れの点で、反省すべきところがあるのでは?
という言葉を口にしたが、それは親が責任をもって我が子に教え、正していくべきことであり、
それを理由に、いじめた側の子を擁護するのはおかしい。
いじめはケンカではない。よって両成敗にするものではなく、いじめた側が全面的に悪い。
下手な対応をしたら、いじめた側の子は 「ほら先生もお前だって悪いって言ってる」
と増長して、反省はおろか自分を擁護し悪事を正当化して、今後も繰り返すだろう。

いたずら、いじわる、そしていじめは、エスカレートしてからでは遅いのだ!

こうしたことを 些細なこと神経質では? と、対応されない親御さんもいるかもしれない。
子供のことだから…、当人同士に任せておけば…、自分たちで解決させないと…、など、
聞こえの良い理屈や言い分はいくらでも言えるが、結局は “めんどくさい事を避ける口実”

そもそも、親の責務は 我が子を一人前に育てること であり、見守ればいいわけではない。

幼いうちは、自分が言っていることやっていることが、良い事か悪い事かが分からない。
人に褒められる事か叱られる事か、相手が喜ぶ事か悲しむ事か、ちゃんと判断できない。
誰かをいたずらや小バカにすることが、ただ笑える、それだけでやってしまいがちだ。
だからこそ、親が責任を持って教えてあげるのだ。
先生や他の誰かに任せっきりにすることや、無知な子供に判断を押し付けることじゃない。

人様に迷惑をかけぬよう、そして、我が子が恥をかかぬよう。
事の善悪をよく知っている (はずの) 親が、人の親として、そして立派な社会人として、
責任を持ってしっかりと教え、己が姿で、正しく導いてあげなければいけないのだ。


子供の言ってることを、些細なことや取るに足らないことと決めつけず、よく考えてほしい。
些細って、それは成熟した大人や当人ではない他人の立場での見解だよね?
自分がその子の年齢、その子が置かれている立場だったら…と視点変えて考えれば、
きっとその 悩むべき理由と問題の大きさ が理解できるのではないだろうか。

大人や他人が些細と思えることであっても、その子にとっては重大な問題なのだ。
そのことで悩み、迷い、頭を抱え、不安を覚え、どうしていいか分からずに苦しんでいる。
過干渉? モンペア? そんな通り一遍のどこぞで齧ったような言葉に捕らわれず、
我が子が ヘルプのサイン を出しているなら、助けるのが親だ。

得意不得意といった些末なことではなく、仕事だ何だと特段の事情があったとしても、
自分の限られた有効な時間の中で、本気で、全力で、真剣に我が子に相対しない親は、
おとさんはズルイと思う。卑怯だと思う。

自分がまじめに教えてあげないのに、我が子には 「まじめにやれ」 と言える?
自分が本気で接してあげないのに、我が子には 「本気で頑張れ」 と言える?
子供のことだからって軽んじてないですか? 真剣に考えてあげてなくはないですか?

都合のいい屁理屈ばかりこねてないで、親としての意識を高く我が子に接してみて。

自分のすることが全て正しいとは決して思わない。だけど、親 (特に父親) とは、
我が子が全力でぶつかっても倒れず、安心して寄りかかり、乗っかってきても支えられ、
大きな背中を登らせてやり、いつかはその存在自体を超えさせる、山のような立場。
そして上辺だけじゃない、喜怒哀楽を含めた大きな愛情で包んであげる存在だ。

ちゅぱおには、おとさんなんか遥かに超えた、強く正しく逞しく立派な男に育ってほしい。
だから、おとさんは出来ることを、出来る限りしようと思う。

お風呂の中で、子供部屋で、そして寝る前にも、何度もちゅぱおに伝えた。
「おとさんはちゅぱおの一番の味方。何歳になろうともいつまでも味方だからね^^」
「うん、分かってる^^ いつもありがとうね、おとさん」

不器用な父親だけど、それでも父と子の強い絆はちゃんと作れていると信じている。



翌日。ちゅぱおは下校後にスポーツ少年団へ。若干心配していたが、おかさん曰く、
「嫌がる様子もなく、いつものように元気にいったよー^^」  とのこと。
問題が起きた場合、子供が行きたがらなくなり、そのうちやめてしまうこともある。
ちゅぱおは気持ちの切り替えがうまい。いつも通りの自分で行けてよかった^^

帰宅後、とっても明るい声で帰ってきた♪
「先生からも話を聞いたし、6年生の子も謝ってくれたし、とっても良かった~^^」
おとさんもおかさんも喜んだ^^ すっごい嬉しかった。
「昨日おとさんが何度も、僕の味方だよって言ってくれたから、勇気が出たんだ~^^」

父の想いは我が子にちゃんと届いている。

これからも、些細なこと…などと言い訳をしてスルーせず、我が子の力となってあげよう!
我が子を守り、正しく導いてあげるのは、他ならぬ親の責務なのだから。



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