ちゅぱお と ちゅぱみ - へっぽこ父さんの育児日記 -

愛すべき息子と娘のわんぱく日記。 でも、稀に趣味日記も書きますよ^^

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震災から1年…  


2011年3月11日に起こった東日本大震災から、ちょうど1年が経ちました。

我が家は5年前より西日本に移り住んでいるため、震災の直接の影響はありませんでした。
だから、震災を語る言葉も、東日本で実際に大きな被害に遭われた方々にとっては、
あまりにも軽すぎて、取るに足らない言葉のように感じられるかもしれません。

ですが、私が生まれ育った故郷は埼玉県で、今も母や兄弟家族が住んでおり、
また大きな被害を受けた福島県は、今は亡き父の故郷。
南相馬の親戚の家には、私たち兄弟が幼少の頃、毎年夏に家族で訪れてお世話になり、
内陸である埼玉で暮らす家族にとっては、福島は夏の海を満喫できる大切な場所でした。

その親戚の皆さんも、思い出の家も、今回の震災で被害に遭いました…

なので、震災から1年が経った今、日本にとって、はては世界にとって、
この歴史的な大災害を決して忘れぬよう、自身のブログにも記そうと思います。


あの日、自然の猛威によりあっという間に一面瓦礫の山と化した、惨憺たる被災地は、
人々の力で復興したところもあるけれど、大半が “何もない更地” と変わりました。
いえ、悲しいことに、今もまだ被災した状況のままである場所も少なくはありません…

そのような人も家も明かりもない更地の世界など、いったい誰が想像できたでしょうか?

あの大震災が起こる直前まで、そこには人が住み、道が通り、家が並び、街が形成され、
人々の喜怒哀楽が絶えない、雑多で喧騒とした温かな “生きた世界” が確かにありました。

人はそうした雑然とした社会の中で、人として回りの他人と共生し、己が人生を生きていく。
何もない土地で、音もない場所で、誰もいない世界で、人はひとりでは生きていけない。
だから人が人として生きていけるように、何も無いところに雑然とした空間を形づくるのです。

街の在り方を 「家」 に置き換えたり 「部屋」 に置き換えても、人が求める世界は同じ。
何もない家や部屋に、人は好んでは住まない。
人らしく自分らしく生活できるよう、何もない場所に何年もかけていろんなものを持ち込み、
およそ綺麗とは言いがたい雑然とした空間を、わざわざ形づくっていくのが人間。

人は完全な生き物ではないから、その雑然とした不完全さに安心を得るのかもしれない。

そうして自ら雑然としておいて、整理整頓・掃除片付けをしなければならない状況を作り、
誰もが、その己が行為に幾ばくかの不平不満を抱きつつ、それを綺麗にする苦労に勤しむ。

人とは、そうした不思議な生き物。だけど、それが人の生き方。

ただし、自分が自分らしく住みやすいように、自らが苦労して雑然と作り上げた部屋を、
何の断りも無く、勝手に他人にごっそりと変えられて、喜ぶ人はいない。

また、家族が自分たちらしく住みやすいように、家族で苦労して雑然と築き上げた家を、
何の断りも無く勝手に変えられて、喜ぶ人はいない。

そして、そこに住む人々が住みやすいように、みんなで苦労して雑然と組み上げた街を、
何の断りも無く勝手に変えられて、喜ぶ人はいない。
たとえそれが自然の力であったとしても、誰ひとりそんな暴挙を喜ぶ人などいないのだ。

いったい人が何年かけて部屋を作り上げた? 家を築き上げた? 街を組み上げた?
どれだけの人がどれだけの思いでどれだけの歳月をかけて作った社会だと思っている?
いったいどれだけの人々の人生が集約していたところだと思っている?

そこに住む多くの人の笑顔も思いも苦労も歴史も命さえも、全部飲み込んで破壊し尽くした、
あの悪魔のような地震と津波を、本当に本当に心から憎らしく思います。

天災は決して人には抗えないものかもしれない。“運命” だと言われたらそれまでだけど、
もっと違うカタチで人生をまっとうできたはずの、多くの方々の命を無情にも奪い去る、
そんな理不尽極まりない運命など、世の中の誰が受け入れる? 誰ひとり望むわけがない!

自分の人生、自分の生涯は、自分が思い悩んで苦労し、自分自身で立派に紡いでいくから、
神か仏か知らないけれど、勝手に運命を決めつけないでいただきたい、と切に願います。

今もまだ完全に沈静しない地震。また関東や東海にも大地震が来る可能性が高いことが、
声高に叫ばれ、避難訓練や被災時の心得などが、テレビや雑誌で伝えられています。
まだまだまったく風化するべきものではない、東日本大震災からたった1年なのに、
心の安息や平穏な日常を、満足に得られないままに不安を煽られ過ごさねばならない…

もう十分なんだ。十分すぎるほどの苦難を日本国民は体感し、背負って生きているんだ。
もしこの世に神や仏がいるのならば、日本にどっしりとした平和な時間を、お願いします。


…と、こうして先の震災を嘆き、悔やみ、いろいろと考えても、時は決して止まらない…

震災によって生活に大きな影響があった人はもちろんのこと、影響がなかった人でも、
みな、少なからず人生に何かしらの変化があったのではないかと思います。

決して悪い変化ばかりではなく、人によっては意識的に良い変化が生まれていてほしい。
人の命の大切さ、助けあい信じあい人を思いあう心、何気なく過ごす平和の尊さ。
そうしたことにあらためて気付かされた人は、きっと気付かなかった頃よりも良いはず。

たとえどんな影響や変化があったとしても、人は少しずつ、ひとつずつ、一歩一歩でも、
ただ前向きに、明日のため、その先の未来のために、前進していかなければなりません。

自分を思い、大切な誰かを思って、お互いの人生がより良い方向へと進んでいけるよう、
しっかりと前を見据え、耳をすませて、力強い足取りで前進していきましょう!
きっと大丈夫。日本は皆が一緒にこの苦難を乗り越え、頑張っていける国だと信じてます!

がんばろうニッポン!!


最後に、震災で亡くなられた本当に多くの方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。



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