ちゅぱお と ちゅぱみ - へっぽこ父さんの育児日記 -

愛すべき息子と娘のわんぱく日記。 でも、稀に趣味日記も書きますよ^^

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説教と、その心境  


毎日、楽しいことばかりじゃない。毎日、笑顔で過ごすばかりじゃない。

ここ最近、いやこの春休みの期間、おとさんは何かしら毎日、怒っている。
仕事から帰ってくると、毎日怒るべき事が山積している…
危険な行為を行っていたり、大事なものが壊れていたり、褒めるべきことが何ひとつない。

5歳児。そこかしこから知恵を付け、器用になり、思うがまま好き勝手に振る舞える年齢。
すでに、良いことであろうが悪いことであろうが、興味から即行動へと転じる力を持つ。

よって親も、より帯を締めて、教えるべき事、守るべき事をきちんと行動で示す必要がある。

私は、子供の目を見て、その心に届くように、諭すようにしっかりと説くこともすれば、
怒られたくない一心での言い訳を許さず、烈火の如く叱りとばすこともする。

が、近頃は後者の方が多い…


大人は、親は、別に絶対でもなく完璧でもない。人は何歳になっても不出来な生き物だ。
それでも子供と相対するとき、親として “ブレた姿勢” を示してはいけないと思う。

昨日怒らなかった行為を今日は怒る。その反対で、昨日怒った行為を今日は怒らない。
これでは子供は していいことなのか、してはいけないことなのか が分からない。
筋の通った態度、良いことと悪いことの線引き、これは親として必須であると常々考える。

まだ年齢的には5歳の子供だ。良し悪しを教えたところで、1回や2回では理解できないだろう。
だから何度も教えてあげる必要がある。良いときには褒め、悪いときには叱る。
面倒くさがらず、何度も何度も教えなければならない。その積み重ねが知識となるのだから。

でも、まだ5歳なのに、時として、どうしても “理解力の高望み” をしてしまうことがある。
ダメだと分かっていながら “大人視点” を子供に無理強いさせてしまうことがある。
親として恥ずべきこと。それを理解しているくせに、叱る瞬間、ふとそれを忘れる…

あとでひとり、どうしようもなく反省する…

子供には 「このくらいしかできないだろう」 という低く設定した判断よりも、
ひとつ高い設定で教えたり伝えたりした方が、期待に応えるよう成長すると聞いたことがある。
だけど、それが良い目標かただの高望みになるかは、極めて微妙な線なんじゃないだろうか。


昨日もまた、仕事帰りに 「何があっても怒らないであげよう」 と心に誓っていても、
結局、怒ってしまった。説教は、怒られる側はもちろんだが怒る側も相当にエネルギーがいる。
ほんと最近はヘトヘトだ。怒り疲れと怒られ疲れで、親も子もちょっと笑顔が少ない…

しかし、嫌だろうが何だろうが、その日に解決しなければ明日へと進めない。

自分ができないこと、努力もしないことを、子供にしなさいと言ってもそれはムリだ。
子供は親をよく見てる。親が悪いことをしていたら、子供だってそれでいいと思うが道理。
極論で言えば、親がウソばかりついていたら、子供のウソを怒る資格はない。

だから人はいつまでも不完全であり、日々成長が必要だと言われるのだろう。
自分自身が手本となって成長しなければ、子供だって親が思うようには成長してくれない。


…そう、自問自答を毎日している。


昨晩、厳しく叱った。反省せず危険な行為を繰り返した子供に、痛みを伴った説教をした。
親が子供に手をあげる。叩くことを含めた怒り方をする。
もちろん “程度” にもよるだろうけど、私はそれは必要な行為だと思っている。
言葉だけでは伝わらないこともある。体感して覚えないと分からないことだってある。

優しければいい、また厳しければいいという考えでは、偏った環境しか生まれない。

子供は親の性格や行動に大きく影響され、それを加味した時間の中で日々育っていく。
優しい親なら健やかな時間、厳しい親なら緊迫した時間、冷たい親なら寂しい時間を過ごし、
子供の心はそれらに染まったり自ら塗り替えたりしながら、徐々に育まれていく。

親が優しくも厳しくも出来なければ、子供の心は柔軟には鍛えられない。

良いことをしたら褒める、悪いことをしたら叱る、これは道徳としてとても大事なこと。
悪い行為をしてはいけないという図式を、頭と心と体を持って理解させなければ、
将来、問題が起こったときに、困ったり恥ずかしい思いをするのは、その子本人だ。

だから責任ある親として怒る。説教とともに知識として教え、ひとつの成長に繋げる。


…と、そう思うことで 厳しく叱ることを肯定しよう という気持ちが、
私の心の中にあったのかもしれない…。いや、間違いなくあっただろう…

でも、昨日。ちょっと自分の心が揺れた…
叱りすぎじゃないか? 厳しすぎじゃないか? 泣く我が子が可哀相じゃないのか?
ふと、そうした気持ちが自分の心を強く責めた。

ダメな親なんじゃないか、とさえ思った。

夕飯前の説教だったので、反省も込めて、夕飯を抜きにしようかと思ったのだが、
一緒にお風呂に入っているとき、やっぱりお風呂から出たら食べさせてあげることにした。
お腹が空いていた子供は、それこそ勢いよく食べたようで、すぐに完食。
で 「これで元気もりもりだぁー^^」 と笑顔を見せてくれた。

その時、おとさんは 「こっちにおいで」 と声をかけ、今日初めて優しく抱きしめてあげた。
そして 「今日、おとさんいっぱい怒ったね、ごめんね」 と言った。
自分の心の中で交錯する思いがあったけど、ずっと怒られっぱなしで寝かせたくなかった。

すると 「僕もアレとアレとアレ、いろいろ悪いことしてごめんね」 と謝ってきた。


瞬間、私の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。 …なんか、嬉しかった…


さっきまで、怒られたくない一心で、「やってない」  「壊してない」  「分からない」
と逃げ言葉しか言わなかった子が、自分から素直に独白したのだ。
悪かったことを反省している、怒られたことを理解している、ちゃんと心に届いている。

親にとって、子供を叱り、叩き、泣かせることなど、嬉しいはずがない。
それが、自分の心にもトゲとして刺さっていた気がする。
ふたりともが揃って素直に謝ったことが、その救いとなったのかもしれない。

おとさんは抱きしめて 「大好きだよ。とっても大好きだ。明日から頑張ろうね」
と言ったら、「もっちろん! がんばるぞー!」 と楽しげな声で応えてくれた。
下の子に 「おとさん、なんで泣いてるの?」 と言われたが、しょうがないじゃないか^^;

さぁ、明日から年長さんだぞ。幼稚園で一番上のお兄さんになるんだ。
下の子は本入園で年少さん。お友達がいーっぱい増えるからね。

もちろんこれからも良いこともすれば、悪いことだってたくさんするだろう。
だけど、おとさんは甘えさせもし、厳しく叱りもする。優しいけれど怖い人であり続ける。
常に一家の大きな壁であり、そしていつか必ず越えるべき存在でありたい。

おとさんは、君たちの行動をスルーしたりはしない。全身で、全力でぶつかるぞ!
だから、君たちも全力でぶつかっておいで。何でも教えてあげるから。

大丈夫、絶対に大丈夫。君たちなら、おとさんなんて絶対にピョーンって飛び越えられるよ^^


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コメント

大人の余裕…、欲しいですね^^

>bennymamaさん
感情が丸出しになる瞬間…、多々ありますね^^;
成長するごとに子供の理解力も上がってきているので、
ついつい “何故わからないんだ!” と怒ってしまう。

おとさん、本気で怒ります。こわ~いお父さんですよ。

で、子供はしょげかえり、自分は心の中がどんより…
いいことなんて一個も無いんですよね。
それでも私を好きでいてくれる子供に、感謝です^^;


おとさん #- | URL
2010/04/10 17:08 | edit

ぶれぶれのbennymamaです。
感情丸出しです。
目標は反面教師です。。。(涙)

日々反省で、いけません。
わかっていても、いざイラッとするとすべて飛んでいってしまいます。
余裕のない人間だわ。。。

bennymama #- | URL
2010/04/10 02:44 | edit

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